東京高等裁判所 平成8年(行ケ)222号 判決 1999年6月03日
大阪市西区西本町1丁目10番10号
原告
井上金属工業株式会社
代表者代表取締役
井上忠義
訴訟代理人弁護士
内田敏彦
同弁理士
後藤文夫
奈良県北葛城郡河合町大字川合101番地の1
被告
株式会社ヒラノテクシード
代表者代表取締役
中川久明
訴訟代理人弁理士
蔦田璋子
同
蔦田正人
主文
特許庁が平成7年審判第7981号事件について平成8年8月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「リップコータ型塗工装置」とし、昭和63年12月23日に特許出願、平成6年7月7日に設定登録された特許第1854595号の特許発明(以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成7年4月11日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、同請求は、同年審判第7981号事件として審理されたが、被告は、願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、上記事件について、平成8年8月23日に「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成8年9月9日に原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面第1ないし第3図参照)
(1) 本件訂正前の本件発明の特許請求の範囲
バッキングロールの下方にドクターエッジを有するノズルヘッドを配し、前記ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射してウエブに塗工するリップコータ型塗工装置において、
ノズルヘッドのドクターエッジ下方部にスリットをノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、
調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するようにしたことを特徴とするリップコータ型塗工装置。
(2) 本件訂正後の本件発明(以下「本件訂正後発明」という。)の特許請求の範囲
バッキングロールの下方にドクターエッジを有するノズルヘッドを配し、前記ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射してウエブに塗工するリップコータ型塗工装置において、
ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに、前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、
調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するようにしたことを特徴とするリップコータ型塗工装置。
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写のとおりである(ただし、4頁8行の「記載した事項から一義的に」は「記載した事項から直接的かつ一義的に」の、11頁2行、11行、16行、19行ないし20行、12頁1行ないし2行の各「ナイフエッジ」はいずれも「ナイフエッヂ」の各誤記と認める。)。以下、審決に準じて、特公平5-60991号公報き「本件公報」と、本件訂正のうち、本件明細書の特許請求の範囲において、「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部に」とあるのを、「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに」とする訂正を、「訂正事項1)」と、本件明細書の特許請求の範囲において、「スリットをノズルヘッドの幅方向に設け、」とあるのを、「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、」とする訂正を「訂正事項2)」と、本件明細書の3頁12行ないし13行[本件公報2欄19行ないし20行]において、「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部に」とあるのを、「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに」とする訂正を、「訂正事項3)」と、本件明細書の3頁13行ないし14行[本件公報2欄20行ないし21行]において、「スリットをノズルヘッドの幅方向に設け」とあるのを、「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け」とする訂正を「訂正事項4)」とそれぞれいう。
4 審決の取消事由
審決の理由「1.手続きの経緯」は認める。同2の(1)のうち、8頁13行ないし14行の「したがって、訂正事項1)乃至4)は、いずれも、特許法第134条第2項の規定に適合する。」との判断は争い、その余は認める。同2の(2)のうち、8頁17行ないし18行の「訂正事項1)及び3)は、いずれも、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。」との判断は認め、その余は争う。同2の(3)のA、Bは認める。同2の(3)のCのうち、18頁8行の「訂正後の発明は、」から19頁1行の「事項としている。」まで、19頁12行の「また、甲第6号証の2には、」から20頁2行の「緩められる」まで、同頁16行の「また、甲第7号証には、」から同頁18行の「されている」までは認め、その余は争う。同3は争う。同「4.本件発明についての判断」のうち、(2)、(3)は認め、その余は争う。同「4.むすび」は争う。
審決は、本件訂正について、新規事項の追加であることを看過し、訂正請求書が補正によりその要旨を変更するものであることを看過し、また、本件訂正後発明について独立特許要件がないことを看過した結果、本件発明の要旨の認定を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(新規事項の追加の看過)
ア 本件訂正のうち、訂正事項2)及び4)の訂正は、本件訂正前の願書に添付した明細書又は図面(以下「本件訂正前の明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、したがってまた、実質上特許請求の範囲を変更するものである。審決は、これを看過し、本件訂正が特許法134条2項の規定及び同条5項において準用する同法126条2項の規定に適合するとしたものであって、違法である。
イ 訂正事項2)及び4)は、「連結部がノズルヘッドの幅方向の全域にわたって連続状に残るようにしつつノズルヘッドの幅方向に設けたもの」に限らず、そのほかにも、例えば、連結部が幅方向に沿って一定間隔ごとに点在する態様や、連結部がノズルヘッドの幅方向の両端寄り部分においてのみ幅方向に沿って残される態様などを広く包含する一義的かつ明確な記載であるのに対し、本件訂正前の明細書等には、連結部の具体的な存在態様については、「連結部がノズルヘッドの幅方向の全域にわたって連続状に残るようにしつつノズルヘッドの幅方向に設けたもの」についてすら明確な記載がなく、また、上記に例えばとして例示した態様については全く記載がないのであるから、このような訂正は新規事項の追加といわざるを得ない。
ウ 被告は、平成10年3月9日付準備書面(被告第3回)において、訂正事項2)及び4)が、上記の趣旨の記載であることを認めておきながら、後にこれを撤回した。しかし、被告の主張は、従前の自己の主張を維持すれば原告の主張に反論し得なくなった段階で、従前の主張を撤回する形で行われており、しかも、撤回は2度目であって、訴訟上の信義則にもとること甚だしいから、上記撤回は許されない。
(2) 取消事由2(訂正請求書が補正によりその要旨を変更するものであることの看過)
被告は、特許庁における審判において、平成7年6月26日付訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)により、本件明細書の記載の訂正を請求したが、その内容は、訂正事項1)及び3)であった。ところが、被告は、平成8年3月27日付手続補正書(以下「本件手続補正書」という。)により、本件訂正請求書の補正として、訂正事項2)及び4)を追加した。
しかし、特許法134条5項において準用する同法131条2項本文は、「前項の規定により提出した請求書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない。」と規定しており、これによれば、訂正請求書の補正は、訂正請求書の要旨を変更しない範囲で補正することができるにすぎない。そして、新たに訂正事項を加えることは、請求書の要旨の変更に該当する。
したがって、本件手続補正書により訂正事項2)及び4)を追加する補正は、本件訂正請求書の要旨の変更に該当し、認められないものである。
ところが、審決は、この補正を却下せず、訂正事項2)及び4)の訂正を認め、これによって本件発明の要旨を認定したものであって、違法である。
(3) 取消事由3(独立特許要件がないことの看過)
ア 本件訂正後発明は、特公昭56-12467号公報(審決の甲第1号証、以下「甲第3号証刊行物」という。)記載の発明と全く同一である。
イ 本件訂正後発明は、「コンバーテック 第15巻第6号 通巻第170号」(加工技術研究会昭和62年6月15日発行、審決の甲第7号証、以下「甲第5号証刊行物」という。)記載の近接コーティングシステムと、「コンバーテック 第16巻第11号 通巻第187号」(加工技術研究会昭和63年11月15日発行、審決の甲第8号証の1、以下「甲第6号証の1刊行物」という。)記載のINVEXウルトラダイコーターの調整ボルト(マイクロアジャストボルト)の配置から当業者が容易に発明をすることができたものであり、仮にそうでないとしても、これらと甲第3号証刊行物記載の発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
ウ したがって、本件訂正後発明は、独立して特許を受けることができないものであるのに、審決は、これを看過したものであって、違法である。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
ア 本件訂正後発明の「連結部が・・・幅方向に沿って残るようにしつつスリットを・・・幅方向に設け」の「しつつ」の表現からすれば、本件訂正後発明は、スリットの奥部において連結部が幅方向に延在している態様のもののみを含み、スリットのノズルヘッドの幅方向両端においてスリットの上端部から下端部に至る連結部が存在する態様は包含しない。本件訂正前の明細書等においては、第2図にスリットの奥部において連結部が幅方向に延在している態様のもののみが示されている。
したがって、訂正事項2)及び4)は、新規事項を追加するものではない。
イ また、仮に、訂正事項2)及び4)のような態様が本件訂正前の明細書等に記載されていなかったとしても、訂正事項2)及び4)は、新規事項を追加するものではない。
一般に、特許請求の範囲を減縮した場合において、減縮された特許請求の範囲の記載は、明細書又は図面に開示されていない実施態様を含むが、そのような実施態様は、そもそも、訂正前の特許請求の範囲にも含まれていたものである。すなわち、特許請求の範囲は発明を上位概念ないし技術的思想で把握するものであり、明細書又は図面に具体的に開示されない実施態様をその範囲に含むことは不可避である。したがって、訂正前の明細書又は図面に記載されていた事項を特許請求の範囲の記載に挿入してこれを減縮する場合において、限定された特許請求の範囲に包含される実施態様であって訂正前の明細書又は図面に記載されていないものが存在し得るとしても、それは新規事項の追加ではないのである。
(2) 取消事由2について
ア 被告が、特許庁における審判において、本件訂正請求書により、本件明細書の記載の訂正を請求したが、その内容は訂正事項1)及び3)であったこと並びに本件手続補正書により、本件訂正請求書の補正として訂正事項2)及び4)を追加したことは認める。
イ 訂正請求書の要旨を変更するとはどのような場合かについて、特許法に明文の規定はない。これにつき手掛りとなるのは、平成5年法律第26号による改正前の特許法41条(以下「旧41条」という。)の規定である。旧41条においては、「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」と規定していた。ところで、訂正請求書の補正といっても、その実質は明細書の補正にほかならない。したがって、訂正請求書の要旨の変更については、明細書の補正と軌を一にして考えるべきである。そうすると、訂正請求書に添付された訂正した明細書と図面において実質的に開示された範囲内の補正であれば、訂正請求書の要旨の変更には該当しないといわなければならない。
ウ 無効審判における訂正請求の制度のねらいは、無効審判の迅速かつ効率的な審理を担保しようとするところにある。そうであるとすれば、迅速かつ効率的な審理のためであれば、訂正請求書の範囲内において、明細書の補正の機会を認めるのが制度の趣旨に合致するといわなければならない。
仮にこのような補正が認められないとすれば、無効審判の被請求人は、当該特許権を確実に維持するためには、訂正請求書を提出するときに、公知技術との相違を明確にするために合理的に必要な範囲を大きく越えて特許請求の範囲を減縮する必要があることになるが、これが被請求人にとり極めて酷な結果となることは明らかである。一方、訂正請求書における特許請求の範囲の減縮が公知技術との相違を明確にする上で十分ではないときには、特許無効の審決がされるが、このときは、被請求人は当該無効の審決に対して審決取消訴訟を提起するとともに、明細書ないし図面を更に補正するために、別途訂正審判を請求する必要が生じる。そして、このような訂正審判の請求が数回繰り返される可能性もある。このようなことは、全体として見た場合に、無効審判の審理をいたずらに遅延させることになり、訂正請求の制度をおいた特許法の趣旨が没却される。
エ また、特許庁の無効審判の実務においては、訂正請求書の補正書を請求人に送達して、請求人に弁明の機会を与えているものであり(現に、本件審判においても、原告は被告からの訂正請求に対して、平成8年6月25日に弁駁書を提出している。)、上記のように解しても請求人と被請求人との間の公平は失われないといえる。
オ 以上のことからして、本件手続補正書による訂正事項2)及び4)の追加が本件訂正請求書の要旨の変更に該当する旨の原告の主張は、失当である。
(3) 取消事由3について
ア 甲第3号証刊行物記載の発明は、<1>そのホルダーはノズルヘッドの一部ではなく、<2>ノズルヘッドにスリットを設けたものではなく、<3>ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部がスリットの奥部においてノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしたものでもない。したがって、甲第3号証刊行物記載の発明は、本件訂正後発明とは同一ではない。
イ 甲第5号証刊行物記載の近接コーティングシステムは、<1>調整ボルトであるマイクロアジャストボルトをスリット溝の長手方向に等間隔に複数本貫通させているものではない、<2>刃先を有するものであるドクターエッジが設けられていない、<3>調整ボルトの締付具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動させていない、<4>調整ボルトはスリットに斜めに貫通しているという点で、本件訂正後発明とは異なる。そして、本件訂正後発明は、甲第5号証、甲第6号証の1刊行物各記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないし、これらと甲第3号証刊行物記載の発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第2 審決の取消事由2について判断する。
1 被告が、特許庁における審判において、本件訂正請求書により、本件明細書の記載の訂正を請求したが、その内容は訂正事項1)及び3)であったこと並びに本件手続補正書により、本件訂正請求書の補正として訂正事項2)及び4)を追加したことは、当事者間に争いがない。
2 特許法134条5項において準用する同法131条2項本文は、「前項の規定により提出した請求書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない。」と規定しており、これによれば、訂正請求書の補正は、訂正請求書の要旨を変更しない範囲で許されるものというべきである。ところが、訂正事項1)及び3)と訂正事項2)及び4)は、全く異なる事項であるから、本件手続補正書により、訂正事項2)及び4)を追加したことは、訂正請求に係る訂正を求める範囲を実質的に拡大変更するものであるから、本件訂正請求書の要旨を変更するものといわざるを得ない。
3(1) もっとも、被告は、訂正請求書の補正といっても、その実質は明細書の補正にほかならないから、訂正請求書の要旨の変更については、明細書の補正と軌を一にして考えるべきである旨主張する。
しかし、訂正請求書の補正は、審判における訂正請求についての審理の対象を変更させるという効果を持つものであって、これによって、訂正前の明細書が補正されたり、訂正されたりする効果を持つものではない。すなわち、訂正前の明細書は、審判によって訂正が認められることによって初めて訂正されるものであるところ、明細書の補正ないし訂正が許されるか否かということと、訂正を認めるか否かの審理の対象の変更が許されるか否かとは、全く別の問題である。このように、訂正請求書の補正と明細書の補正とは別の問題であるから、両者を軌を一にして考えなければならない理由はない。
のみならず、特許法131条2項は、審判請求書の補正について、その要旨を変更するものであってはならないとするものであって、本来、明細書の補正とは関係のない規定である。したがって、同条項について、特許法134条5項において準用する場合にだけ、もともと関係のない事項である明細書の補正と軌を一にして解釈すべき理由もない。
したがって、被告の主張は採用することができない。
(2) また、被告は、旧41条を根拠として、訂正請求書に添付された訂正した明細書と図面において実質的に開示された範囲内の補正であれば、訂正請求書の要旨の変更には該当しないと主張する。しかし、旧41条は、「出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなす。」との規定であって、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前に限り、本来は明細書の要旨の変更であるものについても、要旨の変更ではないとみなす旨の特則であるから、特許を受けた後の訂正請求について、上記規定と同様に解釈する余地はない。
(3) 更に、被告は、仮にこのような補正が認められないとすれば、被請求人は、当該特許権を確実に維持するためには、訂正請求書を提出するときに、公知技術との相違を明確にするために合理的に必要な範囲を大きく越えて特許請求の範囲を減縮する必要があることになるが、これが被請求人にとり極めて酷な結果となることは明らかである旨主張する。しかし、無効審判における被請求人は、特許法134条1項により、無効審判請求書の副本の送達を受け、無効審判請求の根拠となる公知技術等を知らされた上、相当の期間を与えられているのであるから、訂正請求書を提出するときに、公知技術との相違を明確にするために合理的に必要な範囲を大きく越えて特許請求の範囲を減縮する必要があるということはできない。
(4) 被告は、訂正請求書における特許請求の範囲の減縮が公知技術との相違を明確にする上で十分ではないときには、特許無効の審決がされるが、このときは、被請求人は当該無効の審決に対して審決取消訴訟を提起するとともに、明細書ないし図面を更に補正するために、別途訂正審判を請求する必要が生じるから、このようなことは、全体として見た場合に、無効審判の審理をいたずらに遅延させることになり、訂正請求の制度をおいた特許法の趣旨が没却されるとも主張する。
確かに、被告主張のような場合が生じることは否定することができないが、それは、無効審判において、被請求人がした訂正請求書における請求が不十分であったために起こる現象である。
一方、特許法131条2項は、審判請求書の補正に関する規定であるから、訂正審判請求にも適用されるものであるところ、仮に訂正審判請求書の補正によって訂正を求める範囲を拡大変更することができるとするならば、補正の内容が小出しにされ、これが何度も繰り返されて、訂正審判の審理がいたずらに遅延させられる可能性もあるのであって、訂正を求める範囲の拡大変更を制限することも、全く不合理とは言い切れない。
以上のとおり、訂正審判請求書ないし訂正請求書の補正について、訂正を求める範囲の拡大変更等の要旨の変更を制限することには、長所短所があるのであって、被告主張のような場合が生じるとしても、それによって訂正請求の制度をおいた特許法の趣旨が没却されるとまでいうこともできない。
したがって、被告の主張は理由がない。
4 以上のとおり、本件手続補正書による訂正事項2)及び4)の追加は、本件訂正請求書の要旨を変更するものであって許されないものである。ところが、審決は、訂正事項2)及び4)による訂正も含めて訂正を認めた上で、訂正後の特許請求の範囲に基づき本件訂正後発明の要旨を認定したのであるから、本件訂正後発明の要旨の認定を誤った違法があるといわざるを得ず、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、審決は、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れない。
第3 結論
よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年5月11日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面
<省略>
理由
1.手続きの経緯
本件特許第1854595号発明(以下「本件発明」という。)は、昭和63年12月23日に特許出願され、出願公告(特公平5-60991号)後の平成6年7月7日にその特許権の設定の登録がなされたものである。
これに対して、請求人は、平成7年4月11日付けで審判請求書を提出し、「本件発明はその出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号の規定により、その特許を無効とすべきである」旨主張(以下、「主張1」という。)し、証拠方法として甲第1号証[特公昭56-12467号公報]を提出している。
被請求人は、平成7年6月26日付けで答弁書を提出し、本件審判に対して請求人が利害関係を有していることが立証されていない旨主張するとともに、同日付けで訂正請求書を提出し、本件発明の明細書を訂正請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正することを求めた。
請求人は、平成8年1月18日付けで弁駁書を提出し、甲第2号証、甲第3号証及び甲第4号証により、本件審判に対して請求人が利害関係を有している旨並びに訂正明細書による訂正によっても、依然として、本件発明はその出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号の規定により、その特許を無効とすべきである旨主張している。
当合議体は、平成8年2月9日付け訂正拒絶理由通知書により、被請求人に、平成7年6月26日付けで被請求人が行った訂正の請求は、合議の結果、拒絶すべきものと認められる旨通知した。
これに対して、被請求人は、平成8年3月27日付けで意見書とともに手続補正書を提出し、平成7年6月26日付け訂正請求書に添付した訂正明細書を、手続補正書に添付した訂正明細書のとおりに補正することを求めた。
請求人は、平成8年6月25日付けで弁駁書(第2回)を提出し、被請求人が平成8年3月27日付けで提出した手続補正書による補正は、訂正請求書の要旨を変更するものであると共に、特許明細書及び図面に記載した事項から一義的に導き出すことのできない新規事項を追加するものであるから、甲第5号証[平山孝二編「注解:改正特許・実用新案法の運用のてびき」、平成6年1月29日初版3刷発行、社団法人発明協会、第187~188頁]に示されるように、認められるものではない旨主張(以下「主張2」という。)するとともに、「被請求人が平成8年3月27日付けの手続補正書で補正した訂正明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証の1、甲第8号証の2、甲第9号証及び甲第10号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号の規定により、その特許を無効とすべきである」旨主張(以下、「主張3」という。)し、証拠方法として甲第6号証の2[実願昭51-67263号(実開昭52-158761号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、昭和52年12月2日出願公開]、甲第7号証[「コンバーテック 6月号 第15巻 通巻第170号」、昭和62年6月15日発行、加工技術研究会、第36~41頁]、甲第8号証の1[「コンバーテック 第16巻 第11号 通巻第187号」、昭和63年11月15日発行、加工技術研究会、第15~20頁]、甲第8号証の2[甲第8号証の1の第17頁中の写真2を拡大コピーしたもの]、甲第9号証[実願昭58-197241号(実開昭60-105126号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、昭和60年7月18日出願公開]及び甲第10号証[特公昭62-43849号公報、昭和62年9月17日出願公告]を提出している。
請求人が、平成7年6月26日付け訂正請求書に添付した訂正明細書及び平成8年3月27日付け手続補正書により求めた訂正の内容は、具体的には、以下のとおりである。
1)本件発明の明細書の特許請求の範囲において、「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部に」とあるのを、「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに」と訂正する。
2)本件発明の明細書の特許請求の範囲において、「スリットをノズルヘッドの幅方向に設け」とあるのを、「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け」と訂正する。
3)本件発明の明細書第3頁第12~13行[本件発明の公告公報である特公平5-60991号公報(以下、「本件公報」という。)第2欄第19~20行]において、「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部に」とあるのを、「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに」と訂正する。
4)本件発明の明細書第3頁第13~14行[本件公報第2欄第20~21行]において、「スリットをノズルヘッドの幅方向に設け」とあるのを、「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け」と訂正する。
2.訂正の当否についての判断
(1)特許法第134条第2項の規定に関して
訂正事項1)は、訂正前の「ノズルヘッドのドクターエッジ下方部にスリットを・・・設け」という記載では、「ノズルヘッド」がドクターエッジが設けられている箇所を表しているのか、スリットが設けられる箇所を表しているのかが明瞭でないことから、この記載の意味が後者であることを明らかにするためのものであるので、「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものである。そして、訂正事項3)は、この特許請求の範囲の訂正に伴い必要となる「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものである。
また、訂正事項2)は、ノズルヘッドの幅方向に設けられるスリットが、ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るよう設置されることを規定するものであるので、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。そして、訂正事項4)は、この特許請求の範囲の訂正に伴い必要となる「明りょうでない記載の釈明」を目的とするものである。
したがって、訂正事項1)乃至4)は、いずれも、特許法第134条第2項の規定に適合する。
(2)特許法第134条第5項で準用する同法第126条第2項の規定に関して
訂正事項1)及び3)は、いずれも、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。
また、訂正事項2)及び4)は、願書に添付した明細書又は図面の、第2図のリップコータ型塗工装置の拡大縦断面図、「スリット(36)の一端はヘッド本体(16)の後ろ上面に幅方向に開口し」(第7頁第10~12行)という記載及ぴ「調整ボルト(38)の螺合具合を調整することによってスリット(36)の幅を調整できる。スリット(36)の幅が変化すればドクターエッジ(18)の刃先が上下動して上下にそれぞれ2μm~3μmの幅で調整できる。なお、幅方向に沿って複数個の調整ボルト(38)が設けられているため、上下動させたい刃先の一番近い調整ボルト(38)を調整する。」(第7頁第18行~第8頁第5行)という記載からみて、いずれも、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。(請求人の主張2は採用することができない。)
したがって、訂正事項1)乃至4)は、いずれも、特許法第134条第5項で準用する同法第126条第2項の規定に適合する。
(3)特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定に関して
A.訂正後の発明の要旨
訂正後の発明の要旨は、平成8年3月27日付け手続補正書により補正された、訂正請求書に添付した訂正明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「バッキングロールの下方にドクターエッジを有するノズルヘッドを配し、前記ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射してウエブに塗工するリップコータ型塗工装置において、ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに、前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するようにしたことを特徴とするリップコータ型塗工装置。」
B.甲各号証の記載事項
甲第1号証には、「回転しつつウエブを支持及び走行させる、バツキングロールと摺接させるように設けたパイプの一部切欠部にナイフエツジを、バツキングロールとで僅かの間隙を形成しかつバツキングロールに対する押し引きを調整できるようにして装着した塗工装置・・・。」(特許請求の範囲)に関する発明が記載され、さらに、塗工液の供給について「塗工液ダム6における流路8の流出口8''付近即ち、上蓋11の尖端部内側には塗工液が常に一定量ウエブ12と接するように、塗工液タマリ8’が形成されているので、バツキングロール1とナイフエッジ5との間隙部に対し、一定圧力のもとで、塗工液を流出供給できるものである。」(第3欄第32~37行)こと及び押し引きを調整する手段について「パイプ型ドクターにおけるパイプ3を支持したホルダー2を介して、ナイフエツジ5の長手方向の均一な直線性を正確に補正して得られるように、ホルダー2よりパイプ3を押し引き、ねじ調整できるボルト10を、交互に長手方向に取付けてあり、ナイフエツジ5をバツキングロール1に近ずけてボルト10の押し引き調整を行なうことにより、ナイフエツジ5のバツキングロール1に対する押し引きを調整できるものである。」(第3欄第7~15行)ことが記載され、また、パイプ3の両端がホルダー2に支持されていること(第2図、第3図)、パイプ3とホルダー2との間には、間隙が設けられていること(第1図、第3図)及びねじ調整できるボルト10を、パイプ3、ホルダー2間の間隙に略直交するように、かつ、この間隙の長手方向に等間隔毎に複数本貫通させること(第1図、第3図)が図示されている。
甲第6号証の2には、「ダイ上にリツプを介してみぞ付一体物の押え板を設け該押え板のみぞにリツプのオーバハングを調整するための調整ボルトなどの調整手段を挿入してその先端をリツプに押入係合させかつ前記リツプの使用点を内アームの二次旋回中心と合致させて成る、ダイコータのリツプ調整装置。」(実用新案登録請求の範囲)に関する発明が記載され、さらに、ダイコータについて「本来、紙、フイルムなどの塗工機の一種であるダイコータによる塗料のコーテイングはゴムロールとのリツプ調整により塗工面の良否が決るものである。」(第1頁第15~18行)こと、リツプ調整装置について「該ダイ(3)の上部斜面には調整ボルト(19)を取付けるべきみぞ(20)を有する一枚物の押え板(21)を該調整ボルト(19)を挿入して取付けるようにし、このとき該調整ボルト(19)の挿入先端を前記押え板(21)の下側でダイ(3)との間に配置した一枚物のリツプ(4)内にねじ込み挿入する。リツプ(4)は押え板(21)にボルト(22)で締められている。また押え板(21)はダイ(3)に別なボルト(23)で締められている。」(第5頁第4~12行、第3図参照)こと及びリツプの調整作業について「オーバハング(5)やゴムロール(R)に対する真直ぐの調整は前記押え板(21)に約100mmのピツチで取り付いた調整ボルト(19)で個々に行うことができる。この際この調整ボルト(19)の調整にはボルト(22)(23)の各ナツトを若干緩めて行うが、この操作においてリツプ(4)の精度は押え板(21)を一枚物としているため調整前と調整後で殆んど変わらない。」(第6頁第1~8行、第3図参照)ことが記載されている。
甲第7号証には、「ウルトラコートダイにおける、近接コーティングシステム」(第38頁右欄第4~5行)に関する発明が記載されており、さらに、ウルトラコートダイについて「ダイヘッドコーティング用ダイの必要機能は2つある。すなわち、ポンプによって供給された塗工流体を、必要な幅に広げ、均一な分布状態でリップ出口から吐出させることと、リップ先端部分で、この塗工流体をウエブに塗り付けることの2つである。特に前者の機能は均一な塗工分布にてコーティングするために、非常に重要な機能であるが、EDI社はプラスチック用ダイの豊富な経験とデータを基に、コンピューター解析を行って、ほとんどパーフェクトに近い分布で塗工流体を吐出させるダイを完成させた。・・・この場合、リップ開度は全くのイーブン(0.25mm均一)で良く、材料レオロジーが変わらない限り、リップ開度を調整する必要はない。しかしながらコンピューターに与えられた材料レオロジーとまったく同一条件で生産が行われることは、まずないので、このダイには無段階に調整可能なフレキシブルリップと、これを微調整するマイクロアジャストボルトが装着され、最終的なコーティング分布の微調整が簡単に行えるように工夫されている。(図2参照)」(第37頁右欄下から10行~第38頁左欄第10行)こと及び近接コーティングについて「リップスロットから吐出された塗工液は、リップフェイスとウェブとの間に流れ出る。この時、ウェブは常に一定方向へ一定速度で動いているので、事実上、塗工液は、ウェブとワイピングリップフェイスとの間を通過して行く。すなわち、塗工液は、・・・一定の製膜力を与えられて、ウェブ上にスムースに塗り付けられる。」(第38頁右欄第18~25行)ことが記載され、また、第38頁の図5には、近接コーティングシステムが図示され、バックアップロールの下方に、フレキシブルリップ及びマイクロアジャストボルトを有するコートダイを配すること、このコートダイから塗工液をウェブに塗工することが示されている。
甲第8号証の1には、「INVEXウルトラコーターは、フィルム製膜用スロットダイの専門メーカーとして知られている米国EDI社がダイレクトコーティング用に開発した特殊ダイを組み込んだ精密塗工装置。」(第17頁左欄第2~5行)であることが記載され、また、第17頁の図2には、INVEXウルトラダイコーター塗工フローが示され、第17頁の写真2には、ウルトラダイの長手方向に等間隔に複数本のボルトが設けられていることが示されている。
甲第8号証の2には、上記甲第8号証の1中の17頁の写真2を拡大コピーしたものが示されている。
甲第9号証には、「マニホールド内に導入された合成樹脂流状体をスリットから押し出して合成樹脂フィルム又はシートを形成するTダイ」(実用新案登録請求の範囲)に関する発明が記載されており、さらに、「固定リップ部材13aと可動リップ部材13bとは共に締付ボルト17により厚肉管12に固着されるが、可動リップ部材13bのスリット14の近傍にはスリット溝18が形成され、このスリット溝18により可動リップ部材13bのスリット14側の端部は、点19を基として可撓に形成される。又、スリット溝18には、これを貫通するスタッド20が係合し、スタッド20には、これを押し引きするナット21が螺着係合する。従ってナット21の回動により、スリット14の間隙は変化する。このスタッド20およびナット21は長手方向に沿って所定間隔で複数個配設される。」(第5頁第11行~第6頁第2行、第4、5図参照)ことが記載されている。
甲第10号証には、「本発明は合成樹脂性フイルム又はシート等を成形するTダイに関する。従来のTダイは第1図に示すように固定リツプ1に対してダイスリツト間隙2の巾方向にほぼ等間隔に複数個設けたダイボルト3a、3b、3c・・・を押引きし、可動リツプ4を移動させて前記ダイスリツト間隙2の厚さを調整していた。」(第1欄第13~19行、第1図参照)ことが記載されている。
C.対比・判断
訂正後の発明と前記甲各号証に記載された発明とを対比する。
訂正後の発明は、ドクターエッジの幅方向のうねりを調整でき、特に極薄い塗工層を設けるのに好適なリップコータ型塗工装置を提供することを目的として、リップコータ型塗工装置の構造を「ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに、前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するように」する点を発明の構成に欠くことのできない事項としている。
しかしながら、前記甲各号証には、上記の点については記載もされていないし、示唆もされていない。
すなわち、甲第1号証では、ホルダーと両端をホルダーに支持されたパイプとの間にスリットが形成されているものの、このスリットは、訂正後の発明のような「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつ」設けられたものではない。
また、甲第6号証の2には、ダイにボルトで締められている押え板、押え板にボルトで締められているリツプ及び先端をリツプ内にねじ込み挿入した調整ボルトからなるリツプ調整機構が記載され、リツプの後端と押え板との間にはスリットが形成されているものの、1)このリツプ調整機構は、ダイ、押え板、リツプという複数の部材をボルトで締められたものであること及び2)調整ボルトによるオーバハング等の調整の際、リツプを押え板に締め付けているボルト及び押え板をダイに締め付けているボルトは緩められることから、このリツプ調整機構は、訂正後の発明のような「前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け」たものとはいえない。また、このように、甲第6号証の2には、訂正後の発明のノズルヘッド及びスリットに関する構成が記載されていないので、甲第6号証の2に記載された事項に、甲第7号証、甲第8号証の1に記載された「ダイコータは、ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射して塗工するものである」という事項を組み合わせたとしても、訂正後の発明が構成できるものとはいえない。
また、甲第7号証には、フレキシブルリップをマイクロアジャストボルトで微調整する機構は記載されているものの、この機構は、コーティング分布の微調整を行う、すなわち、塗工液を均一な分布状熊でリップ出口から吐出させるためのものであり、訂正後の発明のような「調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するように」したものとはいえない。また、このように、甲第7号証には、訂正後の発明のドクターエッジに関する構成が記載されていないので、甲第7号証に記載された事項に、甲第6号証の2、甲第8号証の1、甲第8号証の2に記載された「調整ボルトをスリットの長手方向に等間隔毎に複数本設ける」という事項及び甲第9号証、甲第10号証に記載された「調整ボルトを、スリットと略直交するように、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させる」という事項を組み合わせたとしても、訂正後の発明が構成できるものとはいえない。
したがって、訂正後の発明は、甲各号証に記載された発明であるとすることはできず、また、甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできないので、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により構成される発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであると認められる。
3.訂正の当否についての判断の結論
したがって、上記2.(1)、2.(2)及び2.(3)の項において検討したように、平成8年3月27日付け手続補正書により補正された、平成7年6月26日付け訂正請求書に添付した訂正明細書による訂正は、特許法特許法第134条第2項の規定、特許法第134条第5項で準用する同法第126条第2項の規定並びに特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定に適合するものであるので、この訂正を認める。
4.本件発明についての判断
(1)本件発明の要旨
本件発明の要旨は、平成8年3月27日付け手続補正書により補正された、平成7年6月26日付け訂正請求書に添付した訂正明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「バッキングロールの下方にドクターエッジを有するノズルヘッドを配し、前記ノズルヘッドから塗工液を圧力をかけて噴射してウエブに塗工するリップコータ型塗工装置において、ドクターエッジ下方部におけるノズルヘッドに、前記ノズルヘッドが上下に分離しないように連結部が前記ノズルヘッドの幅方向に沿って残るようにしつつスリットを前記ノズルヘッドの幅方向に設け、調整ボルトをスリットと略直交するように、かつ、このスリットの長手方向に等間隔毎に複数本貫通させて、調整ボルトの締付け具合を変化させることによりドクターエッジの刃先を上下動するようにしたことを特徴とするリップコータ型塗工装置。」
(2)甲第各号証の記載事項
甲第各号証の記載事項については、前記のとおりである(「2.訂正の当否についての判断」の「(3)特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定に関して」の「B.甲第各号証の記載事項」の項参照)。
(3)請求人の主張についての検討
請求人は、「本件発明はその出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号の規定により、その特許を無効とすべきである」旨主張(以下、「主張1」という。)し、証拠方法として甲第1号証[特公昭56-12467号公報]を提出している。
また、請求人は「本件発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である甲第6号証の2、甲第7号証、甲第8号証の1、甲第8号証の2、甲第9号証及び甲第10号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号の規定により、その特許を無効とすべきである」旨主張(以下、「主張3」という。)し、証拠方法として甲第6号証の2[実願昭51-67260号(実開昭52-158761号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、昭和52年12月2日出願公開]、甲第7号証[「コンバーテック 6月号第15巻 通巻第170号」、昭和62年6月15日発行、加工技術研究会、第36~39頁]、甲第8号証の1[「コンバーテック 第16巻 第11号 通巻第187号」、昭和63年11月15日発行、加工技術研究会、第15~20頁]、甲第8号証の2[甲第8号証の1、17頁中の写真2を拡大コピーしたもの]、甲第9号証[実願昭58-197241号(実開昭60-105126号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、昭和60年7月8日出願公開]及び甲第10号証[特公昭62-43849号公報、昭和62年9月17日出願公告]を提出している。
そこで、本件発明と甲第各号証に記載された発明とを対比・判断すると、本件発明は前記訂正後の発明と同じであることから、本件発明と甲第各号証に記載された発明との対比・判断の内容は、訂正後の発明と甲第各号証に記載された発明とを対比・判断したところの、前記「2.訂正の当否についての判断」の「(3)特許法第134条第5項で準用する同法第126条第3項の規定に関して」の「C.対比・判断」の項に記載したとおりのものとなる。
(4)本件発明についての判断の結論
したがって、本件発明は、甲各号証に記載された発明であるとすることはできず、また、甲各号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない。
4.むすび
以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件発明を無効とすることはできない。